GLAYがデビュー後に凱旋ライブを演っていた金森ホール
- 郵便番号・住所 〒040-0053 北海道函館市末広町14-12
※ リンクから GLAY スポットの地図を見れます - TEL 0138-23-0338
- 事前予約の可否 可
- 営業時間 イベントの予定によって変化します
- 定休日 無し
- 駐車場の有無 専用の有料駐車場100台分有り
(最初の1時間200円、以降30分毎に100円) - 喫煙の可否 不可
- 交通アクセス 金森ホールへの行き方
- 公式サイト 金森ホール
- メール k-hall (at) hakodate-kanemori.com
※ (at) を @ に代えて下さい - 備考 キャパ(収容人数)は基本的に椅子があるので約200名です
金森ホールは高校生だった GLAY が対バンライブをしてコンテストにも出場し、そしてメジャーデビュー後に「灰とダイヤモンド」ツアー中の1994年10月17日(月)(JIRO さんの誕生日)に
約3年ぶりとなる、初めての函館凱旋コンサートを演った場所です(金森ホールでの凱旋ライブの回数は通算で3回です)。
当時のキャパ(収容人数)は500人で、当日は600人ほどがコンサートにかけつけてくれました。
その際はホールに入りきれないファンが周りにあふれて、建物を取り囲む状況になりました。
そして、ジロバはサプライズでお祝いされて、ジロウさんが喜んで、とても感激していた夜でした。
金森ホールではスピッツや槇原敬之さんなどもライブを演っていますが、GLAY のこの時の動員記録は破られていません。
現在はレストランとかを含むショッピングモールとつながっていて、多目的ホールになっています。
JIRO さんは金森ホールで高校生の頃にクリスマスライブをしたこともあります。
その日はちょうど雪が降っていてホワイトクリスマスになり、ライヴが終わってから和山義仁さんは当時付き合っていた彼女さんと手をつなぎながら仲良く帰って行ったという逸話が残っています。
因みに TERU さんと JIRO さんによると、函館市内のライブハウスというと、バンドブームで盛り上がっていた頃には「金森ホール」の他に「あうん堂ホール」や「レインボーホール」、「Bay City’s Street 函館」
などがあり、「金森ホール」はイベントスペースであり、ライブハウスの中では他よりも1ランク上のホールって感じの存在でした。
それから金森赤レンガ倉庫群の周りのベイエリアでは「ホワイトロード」や「疾走れ!ミライ」などのPV撮影が行なわれていて、その意味でも GLAY ゆかりの聖地スポットになっています。
その他に TAKURO さんが「Solo Project 1st Tour “Journey without a map 2017″」で2月18日(土)と19日(日)に、「Solo Project 2nd Tour “Journey without a map 2017″」で12月21日(木)にソロでライブを演っています。
また金森ホールは人材不足からPAの提供ができなくなりました。
ライブを演りたいアーティストの方達は自前でPAを用意しないといけないので注意して下さい。
GLAY や JIRO さんがまだ学生だった頃は金森ホールで演る為にPAなどを自分達で準備していましたが、その頃の状況と同じになってしまっていて、相応に経営状態が苦しいことが分かります。
バンドブームが去ってから「レインボーホール」や「Bay City’s Street 函館」と「函館フライデーナイトクラブ」とかのライヴハウスが閉店してしまい、生き残っていくのはやはり簡単なことではありません。